8月最後の日曜日。ラジオでは夏休みの宿題を必死にやっているという投稿が結構あり、いつの時代でもかわらないなと思いました。今日はサザエさんはたぶんカツオ君が宿題を必死にやっている話があるのではと思います。
自分の性格的に、一度やると決めたことは貫き通すという資質があったとは思います。でも、ずっと続いている習慣と、途中で終わった習慣があります。この違いは何かと考えた時、その報酬についても考えて、完全に納得してこれは続けるべきか、やめてもいいものかという判断をしたのだと思います。
20年続けてきたタバコも、忘れもしませんが、大幅値上げが決まった2010年10月1日の前日にキッパリやめようと決めて、やめました。最初の3日は違和感がありましたが、特に病院等に行くこともなく、やめれました。それから14年近く一本も吸っていないし、タバコの煙が嫌になるぐらい、スッパリと離れられました。これは我ながらすごいなと思っています。
でも一方で三日坊主になった習慣もたくさんあるので、結局は、自分自身が納得して、これは続けていくべきと脳が判断したものしか続いていないのかなと思います。
その中で今年初めに始まった習慣の中で鍵になる習慣が「朝読書散歩」です。これは運動習慣をつけようという発想で始まったものです。毎日続けるなら、あまり無謀な目標はできないだろうということで、15分歩いて、戻ってきて合計30分ならできるかなということで、30分の散歩をすることを決めました。ポイントはすでに定着している習慣の前後に組み込む事で新しい習慣が定着するということです。その時点で毎日必ず決まって行っていたのは、起床と朝食の時間です。もともと朝は早起きで5時30分に起きて朝食を食べ始めるという習慣がありました。
新しい習慣を30分組み込むなら、この前だなと思い、少し余裕をもって、4時40分に起きようと決めて散歩を始めました。
こんな目標が続くのか?と今考えると思います。でもなぜ、続くようになったのか?
明日はこの理由についてお話したいと思います。